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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和24年(ヨ)22号 判決

申請人

日本セメント労働組合香春支部

右代表者

支部長

被申請人

日本セメント株式会社

主文

被申請人は別紙目録(三)記載の各人員に対し其の各名下の三月分及四月分記載の金員を此の判決が被申請人に送達された日の翌日から五日以内に仮に支払え。

訴訟費用は申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は申請の趣旨として被申請人は別紙目録(一)記載の各人員に対して各其の名下の金員を別紙目録(三)記載の各人員に対して各其の名下の金員を夫々本判決書が被申請人に送達された日の翌日から五日以内に支払えとの判決を求める。

事実

(一)  被申請会社は東京都千代田区丸の内に本社を有し全国二十三個所に工場事業場を有し香春工場は其の一に属する。

別紙目録(一)記載の各人員は孰れも右香春工場の従業員で申請組合の組合員である。

被申請会社は昭和二十四年四月二十一日申請組合に休業を通告同月二十三日午前七時から休業に入り次で同月二十五日午前七時から右香春工場の作業所閉鎖を行い以来四月二十一日から五月二十日迄の別紙目録(一)記載の各人員に対する其の各名下の五月分賃金及同月二十一日から同月三十一日迄の別紙目録(二)記載の各人員に対する其の各名下の六月分賃金の一部を支払わない。

申請組合は右休業並作業所閉鎖が違法であることを再三抗議して工場の再開を求め且右各組合員も労務の履行提供をしたが被申請会社は之を拒絶し続けて来たものである。

(二)  被申請会社の休業並作業所閉鎖が違法不当のものであつて右賃金の不払が何等正当の理由のないものであることは次の通りである。

(一) 労働協約第六十一条には「会社、連合会並組合は前条第二項の中央協議会に於て解決出来ない場合に該当することを確認した日の翌日から起算して三十日内は部分としても全体としても怠業、同盟罷業、作業所閉鎖其の他一切の争議行為を行わない」と規定されており右休業並作業所閉鎖は明に右協約に違反しているのである。

右協約は昭和二十四年五月二十六日福岡地方裁判所小倉支部昭和二十四年(ヨ)第二一乃至第二三号事件の判決で同年五月三十一日迄有効と判定され確定したものである。

(二) 被申請会社は申請組合が先づ右協約第六十一条に違反して罷業をしたから之に対するロツクアウト権の行使として工場を閉鎖したものであると主張しているがそもそも本件争議の発端は全国各地の事業場に於ける各単位組合を傘下とした日本セメント労働組合連合会が中央に組織されていたものを昭和二十四年二月十五日の連合会大会で従来の単位組合を支部とした日本セメント労働組合なる単一組合に改組し実質的には名称を変更したに過ぎなかつたものであつたところが被申請会社は連合会と単一組合との間には人格の同一性が認められない又組合代表者の資格にも疑義があると主張し連合会との間に締結され其の効力が同年五月三十一日迄延長されていた。

労働協約は其の効力を失つたと宣言すると共に一切の団体交渉を拒否したことが其の原因であつたそこで組合は全国各地の各関係地方労働委員会に提訴し或は裁判所に労働協約有効の仮処分申請をしたところ孰れも組合側の申請が認められ会社の主張の誤つていることが明かにされた又同年三月十五日には労働省労政局長の協約有効の見解発表も行われたものであつて元来本件協約の有効なことについては紛議の余地はなかつたのである従つて若しどうしても納得が行かなければ問題を裁判所の判決迄待ちその間は現状維持の侭暫定的に双方が協約を守ると言うのが条理であつたそれにも拘らず被申請会社は下級審の判決は守る必要はない協約の無効を前提としない限り一切の交渉に応じないと飽く迄も無効を主張して譲ろうとしなかつたので組合では万已むを得ず同年三月十七日闘争宣言を発表すると共に右支部に波状スト及超過労働並日曜出勤拒否を夫々指令し申請組合は此の指令に基き三月二十五日同月三十一日四月二十一日の三回に亘り二十四時間ストを行い又超過労働並日曜出勤を拒否した。此の拒否に付ては申請組合は三月三日香春工場長と団体交渉をした際「三月二日中央で本社が団体協約は無効であるから休日並超過労働協定は無効であると言つておるが香春工場でも無効を主張するか」と問合せたところ工場長も「本社と同じく無効を主張する」と答えた為申請組合では基準法を守る上から已むを得ず超過労働並休日出勤が出来なくなつたもので工場に於ける休日は毎日曜日が有給休日となつていたのである。従つて被申請会社は組合が三月二十五日ストを行い二十七日日曜出勤を拒否したので其の間の二十六日は休業せざるを得なかつたと主張しているが争議行為は二十五日一日だけであつて他は争議行為ではないのである。此の点に付ても申請組合は会社が有効な協約を認めて履行しさえすれば直に争議をやめ又休日労働協定を結ぶ用意があり之を申出ていたのであるから会社は決して已むを得なかつたわけではない尚会社は組合が職場闘争と称して各種の生産阻害行為を行つたと主張しているが斯る事実はない要するに申請組合の行つた争議行為は右の三回に亘る二十四時間ストだけである之も好んで事を構えたわけではない申請組合は三月初旬五回に亘つて会社と交渉し協約有効の確定迄(1)現協約の線で進むこと(2)それが出来ねば之を尊重する線で暫定協定を結ぶこと(3)又は双方から中央労働委員会に解決方依頼することの三案を申入れたが被申請会社は無効を前提としなければ一切の交渉に応じないと拒否した。此の中一案でも承認しておれば工場閉鎖の必要は全くなかつたのである。斯くの如く組合の行つた二十四時間ストは全く抗議スト以外の何物でもなかつたのであるから被申請会社が主張する如く組合が先づ協約第六十一条の平和条項を破棄したと言う批難は当らない従つて組合では被申請会社が協約を認めると言えば直に解決し何も外に言う必要もなす必要もなかつたのである其処には被申請会社が主張するような当事者双方に意見の対立云々などのことは常識から考えても存在しない既に判決迄出ている以上之を認めるのが当然である認めないまでも現状維持の為協約の趣旨を尊重して履行することにすれば解決したのである。現に孫田秀春氏其の他有力学者でさえ協約が無効となつた時は新協約成立迄旧協約に基いて双方は行動すべきである。之を協約の予後的効力と言うと主張しておる又其の趣旨の立法例もある。然るに被申請会社は飽く迄も無効を主張して譲らなかつたのであるから斯る者に対しては唯協約を認めさせる為に抗議ストの方法がある丈である。被申請会社は協約を有効と認めさえすればよいのであつて申請組合の協約違反を責める資格は毛頭ない。

之が禁反言の方則又は信義誠実の原則である斯る事態に対して被申請会社は如何なる態度をとるのが社会通念上正当であつたが労働協約を有効と認めて之を履行すると言明し直に争議を解決して平常に復するのが当然ではないか、当時の世論は之を熱望していた然るに被申請会社はこの簡単な事をしようとせず已むを得ずと称して工場閉鎖をした然し社会通念は斯る工場閉鎖を已むを得ずと認めるであろうか断じて否である。即ち本件工場閉鎖は被申請会社の責に帰すべきものである。更に進んでは誰が考えても有効な協約を無効とこぢつけ誰が考えても禁反言の方則に合致しないことを之に該当するとこぢつける人達の責任である。その証拠には本件の協約が無効だと宣言した裁判所、労働委員会其の他の官庁が日本国中に一個所でもあつたであろうか要するに判決で確定された有効な労働協約を一言唯有効と認めて之を履行しさえすれば争議は即時に解決し工場閉鎖の必要は毫もなかつたのに無理に之を履行せずと主張してなした工場閉鎖は已むを得さるものでもなければ正当なものでもなくそれは不法なもので被申請会社の責に帰すべきものである。従つて閉鎖中の賃金は当然之を支払わなければならない若し被申請会社の主張する様な曲解が行われるとすれば今日滞貨の為数多経営困難な工場は協約を殊更に理屈をつけて無効と主張し之に対し組合が争議に入れば直に工場閉鎖をなして賃金支払を免じるであろう。

又本件の如く僅か三回の二十四時間ストに対抗して長期間工場を閉鎖して賃金を支払わないと言うことは法益権行の原則からしても失当である。

(三)  右の如く本件休業並工場閉鎖は不法であるから少くとも被申請会社は右協約の有効期間内である前記目録(一)及(二)記載の各組合員に対する五月分賃金及六月分賃金の一部又は之に相当する損害賠償金を支払わなければならない。

(四)  別紙(三)記載の人員は申請組合の組合業務専従者であつて被申請会社との間の労働協約第七条により給料の支給を受けて来た然して総司令部渉外局発表の指令に依れば昭和二十四年三月九日から九十日の猶予が与えられており此の間に別に協約が出来なければ協約に従い会社は其の支払を為すべきである右協約が同年五月三十一日迄有数なことは前述の通りで其の間に何等の協定もなく従て同日迄の給料は当然に支払うべきであるにも拘らず被申請会社は右目録(三)記載の各人員に対する其の各名下の三月分以降賃金を支払わない日本セメント労働組合は各支部が組合であるが全国的組織を待つた組合であるから九十日間の猶予期間の適用される組合である同年四月田川労政事務所次長が来てこの事を確認し香春工場長に対し右期間の給料支払を勧告した又同年六月二十七日の団体交渉で香春工場長は右給料の支払を認めたのであるがそれを本社が無理に抑えているのである。

(五)  そこで申請組合は別紙目録(一)乃至(三)記載の各人員に対する其の各名下記載の賃金の支払を請求する為本訴提起の準備中であるが右各組合員は長期間に亘る被申請会社の賃金不払の為殆んど餓死の一歩手前にあり既に栄養失調の為本人並家族の病人続出し殊に専従者の生活費は全部借金になつており其の返済に追われて生活は急迫の極にある僅かな立上り資金位では全く焼石に水である生活に余裕があつたから閉鎖解除に応じなかつたのではない、同年六月一日以後は無協約状態となり被申請会社は組合員を解雇によつて脅迫しており解雇問題並新協約案をめぐつて対立した為已むを得なかつたのである。斯る状態で本案判決の確定を待つたのでは回復すべからざる損害を被る惧れがあるから本件仮処分申請に及んだと述べた。(疎明省略)

被申請代理人は申請人の申請を却下する訴訟費用は申請人の負担とするとの判決を求め答弁として

(一)  申請人主張の一の事実の中被申請会社の休業並作業所閉鎖が違法であると主張している部分は否認するが其の他の事実は認める。

(二)  被申請会社の右休業並作業所閉鎖は申請の行つた争議行為に対抗して被申請会社が自衛上行つた争議行為であつた。被申請会社日本セメント労働組合連合会は産別方式の全物量方式最低賃金制と言う新な賃金要求其の他を会社に提示していたのであるが此の要求貫徹を期し戦闘的態勢を整える為昭和二十四年二月十五日開催された連合会大会で連合会を解散して単一の日本セメント労働組合を結成し従来の連合会規約を廃して新に一組合規約を作成し之に応じて各地の事業場に於ける単位組合を夫々右組合の支部とするに至つた。組合は之を単に名称並規約を変更したに過ぎないと主張したのであるが被申請会社は連合会解散の事実及新組合の規約内容を仔細に検討した結果両名は全然別個のもので其の間に何等の同一性は認められないと言う結論に到達したので従来連合会との間に締結されていて其の効力が同年五月三十一日迄延長されていた労働協約も同時に失効したと解する外はなくなつた。之が契機となつて会社と組合との間に協約効力の存廃を廻り重大な意見の対立を生じ組合は自己の主張を実力を以て貫徹しようと企図し逐次争議行為を行うに至つたものである、組合は同年三月十七日闘争宣言を発すると共に全国各支部に超過労働並休日出勤を拒否せしめ波状ストを指令した。

超過労働に付ては被申請会社香春工場では新に協定の締結方を申入れたのであるが申請組合は之に応じなかつた。

休日出勤に付ては協約第二十八条第一号及就業規則第三十六条第一項第一号の毎日曜日又は四週間を通じ四日の事業場の定める日とあるのは事務所等のような日曜日に休日をとり得る事業場にあつては日曜日を休日としセメント工場の如く連続運転を作業の生命とする事業場にあつては四週間を通じ四日の事業場の定める日を休日とする意味であることは協約作成の経緯及ノンストツプオペレーシヨンを原則とするセメント事業の実態から明瞭であつて香春工場では運転関係者は各個人の便宜を計り特に休日を指定することはせず休転中に各人の申出に依つて休日を与える慣行をとり来つたものである組合は之を曲解して日曜日のみを休日とし他は総て組合との協定に依らなければ指定出来ないとの見解を発表し香春工場では三月二十三日から工場回転窯の運転に入るや同月二十五日二十四時間ストを行い同月二十七日の日曜日は念の為会社側で運転関係者には特に出勤を命じていたが組合は拒否したので二十六日の短時間回転窯の火入を行うことは徒らな損害を被る許りで結局同日も火入れ不可能となり三月二十八日火入れを行い三十日迄運転したが翌三十一日二十四時間スト其の後休転期間中修繕関係の出勤を要請したが拒否されこの為修理は更に遅延し同月十八日運転に入るや同月二十一日二十四時間ストを行い翌二十二日は作業期間中であつたが二十四日の日曜出勤を拒否するかどうかを組合に確める為職場委員会を開催させたところ結局拒否された、又申請組合は職場闘争と称して修理作業を遅延させ採掘場の出瓲を四月十六日以降減少させ機関車の修理遅延を理由として乗車拒否を行うなど種々の生産阻害行為を行つたものである。

以上の超過労働並休日出勤拒否、同盟罷業、職場闘争等は全く工場の正常な運営を阻害する一連の争議行為であつて之が為会社の受けた損害は

(イ)  工場の予定生産高に対し三月及四月度の実生産高は約二〇乃至三〇%でその減産量は一四、六〇〇瓲であつた。

(ロ)  運転期間中波状スト、日曜出勤拒否等を行い回転窯の運転を断続せしめたので其の前後の石炭を浪費させた。

回転窯は製鉄所の熔鉱炉と同じく高品位石炭を以て約一、五〇〇度の高熱に焼成する関係上之を断続すれば火入時の石炭を無駄に浪費することになる即ち一日一基約一〇〇瓲の石炭を浪費するが回転窯が火入後内張煉瓦シエル窯内原料を適当温度に加熱するには丸一日完全な調子を得る迄は約三日を要する関係上一度回転窯を休止すれば連続運転を継続した場合と比較して約二〇〇瓲の損失と言い得る。従て三日休止させた時は六〇〇瓲の石炭の浪費である。又之に伴い原料、材料を浪費する事も当然である。

(ハ)  回転窯の加熱、冷却の反覆を余儀なくされた為内張煉瓦を脱落せしめ且シエルを弱めボイラー其の他の附属設備、機械を急速に損耗せしめた。

(ニ)  頻繁に回転窯を停止せしめることは品質の低下を招き優良な輸出用セメントの生産を不可能にした。

香春工場は昭和九年技術の粋を集めて建設された世界屈指の優秀工場であり生産高の約七割は我国特需向及輸出用に当てられる関係上前記の如き機械の損耗品質の低下は会社として耐え得ないところである。

以上の如く施設の破壊、資材の浪費は此の侭事態を推移すれば経営は破綻せざるを得なくなつたので已むなく休業を行い遂に作業所閉鎖を断行するに至つたもので経営権に基く正当な行為である。被申請会社としては協約効力存廃に関し団体交渉に依り円満に解決する為再三団体交渉を申入れたのであるが組合は誠意ある回答をなさず外部団体と連絡し長期闘争態勢を整え実力を以て自己の主張を貫徹せんがため前記の如き争議行為を行つたもので組合こそ有効と主張する協約中の平和条項を自ら破棄して来たのである。之に対し被申請会社が自衛上ロツクアウト権を行使したことは決して違法でもなければ不当でもない、意見の対立に基き一方が争議行為を行いつつ相手方の対抗手段を違法不当と主張することは争議対等、法律公平の原則上あり得ない、相手方の争議権を封じつつ一方の争議行為を許容するが如きは法律及社会通念上考えられ得ない。

現に被申請会社糸崎工場或は土佐工場では組合が非常に穏健で中央闘争委員会の指令は最小限度に履行するに止め休日出勤拒否は一時留保したほどに生産に対しては極めて協力的であつたので争議中と雖生産は順調に進み右両工場閉鎖をする迄には至らなかつたのである。

福岡地方裁判所小倉支部の協約仮処分判決は争議行為として行う工場閉鎖の当、不当を論じたものではない。

(三)  被申請会社が争議権の行使として作業所閉鎖を行つた以上其の間の賃金はノーワークノーペーの原則からして賃金支払の義務のないことは当然であり且争議行為として行つた作業所閉鎖であつて労働基準法第二十六条に依る使用者の責に帰すべき休業に該当するものでないから同条に基く休業手当を支給すべき理由もない争議行為による休業に関しては基準法の関与するところではない。

(四)  別紙目録(三)記載の七名が組合業務専従者であることは認める。その中笹原、小浦、薦田は申請組合の上村、米丸は香春工場在籍のまま労組中央の役員で森、竹内は申請組合の書記である。元来、組合業務専従者の給与は組合負担を本則とするのであるが敗戦下の我国の特殊事情に鑑み変態的に従来会社が援助して来たものである。

偶々昭和二十四年二月二日「労働組合の資格審査基準」に付ての労働省通牒が発せられ「組合事務、専従役職員に対する賃金給料其の他如何なる形態に於けるを問わず支払われる金銭其の他の給与」は旧労働組合法第二条の「主たる経費の補助」に該当する旨明示され且つ軍政部よりもたとえ会社負担を協約に記載してあつても斯る協約の条項そのものが組合法上成立せず即時廃止すべしとの強力な指示があつたので之等通牒及指示を尊重して三月分から会社援助を廃止したものである申請組合は九十日間の猶予があり此の間に別に協約が出来ねば援助せよと申立てているが之が昭和二十四年三月九日労働省通牒「主たる経費に使用者の補助を受けることの禁止は労使が自主的に之を行うよう勧告し直に実施し得る組合に付てはその規約、協約等の改訂等其の他具体的措置を速に取運ぶこととし全国的組合であつて準備的措置を要するものに付ては適当の期間(最長概ね九十日を超えないのが適当と考えられる)を設定しその間に審査基準の要請に沿うよう措置をとることを勧告すること」とあるのを援用したものと思われるが此処に自主的に廃止する事とは組合は援助を辞退し会社は之を廃止することを双方に対し勧告する意味に外ならず従て会社は廃止の申入れを行つたものであつて協約改訂等の具体的手続の如何に依つて組合に援助請求権を与えたものでない。又右通牒後段は電産のような全国的に強大で組織の複雑な組合にあつては最長九十日の準備期間を設定してよいとの趣旨で日本セメント労働組合の如く事業場は二十三ケ所あるとは言え単一組合であつてさしたる問題のない組合に九十日間の請求権を与えたものでないことは明瞭である又本件に付ては現在組合の申立に依つて中労委の裁定中であり且つ専従者給料とは言え結局は組合の運営経費負担如何の問題であり所謂急迫の強暴性ある仮処分の対象とは考えられない。

(五)  申請組合は賃金不払に依る急迫の事情を訴えておるが被申請会社は同年六月八日に至り工場閉鎖を無条件に解除し十三日から出勤するよう申請組合及組合員各個人に通知したが組合は六月十二日の大会で出勤担否の決議をなし工場は再開するに至らなかつた其の後解除したが六月二十八日迄出勤を拒否し続けていたのが事実である。

又現在は既に就業中であつて会社も閉鎖及組合の争議中の生活苦を考慮して立上り資金、協力奨励金、前払金等一人平均六千円に相当する金額を八月五日支払い且給料の前払等は今日迄既に二回実施しておるので急迫の事情は認められない。

以上何れの点からしても申請人の申立は理由がないと述べた。(疎明省略)

理由

(一)  被申請会社香春工場が昭和二十四年四月二十三日午前七時から休業に入り同月二十五日午前七時から作業所閉鎖をするに至つたことは当事者間に争ない。申請組合は右は違法なロツクアウト権の行使であると主張し被申請会社は組合の争議行為に対抗して自衛上行つた閉鎖であると主張する。

事態が此処迄発展するに至つた本件争議の原因経過は大体以下述べる通りである。

証人笹原忠義の証言に依り真正に成立したと認められる甲第十八号証の記載に同証言及証人赤司新作米丸貞夫の各証言を綜合すれば日本セメント労働組合連合会では全国の他の同業会社に於ける賃金一万円台に比較して被申請会社の賃金は手取り六千円程度の最下位にあり組合員の生活向上を計る為賃金スライドの件其の他の要求事項を提出して昭和二十三年暮頃から被申請会社との間で団体交渉を続けていたそして結局此の賃金問題は事が重大なところから賃金専問委員会に附託することをやめ中央経営協議会に諮つて之を検討することとなり昭和二十四年二月二十二日其の協議会が開催されることとなつていたことが疎明される。

被申請会社経営の全国二十三個所の事業場に於ける各単位労働組合は中央に日本セメント労働組合連合会を組織していたのであるが右協議会の開催に先立ち連合会は同年二月十五日開かれた連合会大会で従来の単位組合を夫々支部とした単一の日本セメント労働組合に改組した。之が契機となつて被申請会社は連合会と単一組合とは別個の人格であるから従来連合会との間に締結されていた労働協約(其の効力は同年五月三十一日迄延長されていた)は無効になつた。従つて新な協約が会社との間に締結されない限りは一切の交渉に応ずることは出来ないと言ひ出したこところから前記交渉は行悩み茲に組合との間に協約効力の存廃を廻りはげしい意見の対立が発生するに至つたことは当事者間に争ない。

証人笹原忠義の証言に依り真正に成立したと認められる甲第二十六号証、同第二十八号証の二及同第四十六号証の各記載に同証言、成立に争ない同第二十八号証の一及三の各記載及証人赤司新作同米丸貞夫の各証言を綜合すれば組合では連合会と単一組合とが実質的に何等変るところなく単に名称を変更したに過ぎない点を力説すると共に低賃金にあえぐ組合員の窮状を訴え賃金交渉の至急再開方を屡々申入れたが会社は飽く迄新協約を締結しない限り一切の団体交渉に応じないと拒否し同年三月二日組合は会社に対し従来の協約が無効になればそれに基く細目協定である時間外労働並休日出勤に関する協定も無効になりそれではたちまちにして事業の経営に重大な支障を来す結果となるがその点はどう考へているのかと問ひただしたのに対しても会社は協約が無効になつた以上それも已むを得ない、然し理屈はそうであつても実際は従来通り従業員は生産の為に超過労働をして呉れるから心配いらぬと放言する有様であつた。組合では何んとかして事態を円満に解決したいと考へ協約の有効無効は追つて決定することにして暫定的にでも協約の線に副つて交渉に応じて貰ひ度いと申入れたのであるが会社は自ら作成した新協約案を提示して之を認めない限り絶対に応じないと頑強に拒否し、組合としては到底応じ得ない程に苛酷な協約案を押付けて来たのである。他方申請組合でも同年三月三日香春工場側と此の時間外労働並休日出勤協定に関する交渉を開いたが工場側も本社の意見通り此の協定は無効になつたことを確認し、協約を認めてさへ呉れれば超過労働も出来るから工場長が上京して本社の見解を是正する様努力して貰ひ度いと組合が申出ても工場側は本社の意見通り動くのみであると言つて拒否した。それで申請組合は已むなく同月五日の日曜日から日曜出勤を拒否するに至つた。

組合は労働省に直接協約の効力に付て伺ひを立てたところ同年三月十五日労政局長は連合体が単一組合になつたからと言つて協約の効力に影響はないと公式に見解を発表した。それでも会社はどうしても無効を主張して譲ろうとしなかつたので組合は遂に協約の有効を実力を以て会社に認めさせる為闘争態制を整えるに至つたことが疎明される。

組合が同年三月十七日闘争宣言を発すると共に全国各支部に超過労働並日曜出勤拒否及波状ストを指令し此の指令に基き申請組合は同年三月二十五日三十一日及四月二十一日の三回に亘り二十四時間ストを決行し之と共に超過労働並日曜出勤拒否をしたことは当事者間に争ない。

尚其の後組合の提訴した協約有効の仮処分申請事件は同年四月九日大阪地方裁判所同月十三日函館地方裁判所同月十八日東京地方裁判所八王子支部で夫々本協約が同年五月三十一日迄有効であることを仮に定めたところの仮処分決定がなされたことは成立に争ない甲第三十九号乃至第四十一号各証の記載に依り疎明される。成立に争ない乙第二十五号証の記載証人畑精一郎の証言に依り真正に成立したと認められる乙第四十五号、同第四十六号証の各記載に同証言及証人今宮信雄の証言を綜合すれば他方被申請会社香春工場では運転期間中申請組合から右に述べたような超過労働並日曜出勤拒否及二十四時間ストを決行されたので之が原因して昭和二十三年十一月、十二月は夫々一万瓲昭和二十四年一月、二月は八干瓲の夫々生産量を挙げて来たものが三月は二千九百瓲四月二千五百瓲に夫々低下するに至つた。而も回転窯の使用に当つては一度火を入れれば出来る限り長期に亘る連続運転をすることが絶対に必要なことであつて若し之を短期間に屡々休転するようなことにでもなれば

(イ)  セメントクリンカー生産高の減少

(ロ)  セメント品質の著しい低下

(ハ)  燃料の損失

(ニ)  自家発生電力の激減

(ホ)  機械設備の損傷

(ヘ)  窯内張煉瓦の損傷

(ト)  セメント生産原価の昂騰

等事業経営上極めて重大な数々の悪結果を招来するものである。之れでは被申請会社の経営は破綻せざるを得ないところから茲に冒頭述べた如く会社は休業並作業所閉鎖を断行するに至つたものであることが疎明される。

以上が大体に於ける本件争議の原因とその経過の概要である即ち被申請会社が協約を無効なりと主張したことがそもそもの発端であると言えよう。

之は誠に無暴の論と言はなければならない。然しだからと言つて兎も角も此の協約の効力に付て両者の間に意見の喰違ひが生じ之が原因して争議行為が発生したのであるから会社の工場閉鎖は違法であると言うことは出来ないのである唯労働法上認められた之等一般的な争議権の行使にも争議の具体的な実状から来るところの正当性の限界があると言うことが問題となる丈である。当裁判所が疎明があつたと認めるところの前記紛争の経過を検討するとき申請組合の行つた超過労働並日曜出勤拒否も結局するところ会社が協約の効力を認めない為に行つたところのものであり二十四時間ストと共に之等は総て有効な協約を防衛する為の争議行為であつたと見なければならない。

成立に争ない甲第一号証労働協約書第六十一条には会社連合会並組合は前条第二項の中央協議会に於て解決出来ない場合に該当することを確認した日の翌日から起算して三十日間は部分としても全体としても怠業同盟罷業作業所閉鎖その他一切の争議行為を行はないと規定されている。

被申請会社は組合は此の平和条項を先づ自ら破棄して争議行為を行つたと主張するが本件の如く協約防衛争議である以上平和義務違反の問題は起らない。

被申請会社は此の為前述の如く全く経営の破綻を惹起するが如き苦境に陥つた。然し争議の経過の中でも述べた通り会社は斯る事態の招来することを自ら已むを得ずとしていたのである会社が工場閉鎖をする迄には労政局長の公式見解も発表されており又各地の裁判所で協約の有効を是認した仮処分決定もなされていたことは前述の通りである。

組合の行つた再三に亘る団体交渉再開申入れに対し飽く迄も新協約案の締結を迫つて聴入れず遂に事態を工場閉鎖をしなければならないところに迄導いた被申請会社の態度は何んとしても遺憾である。

当裁判所は以上諸般の事情を考慮し被申請会社の行つたロックアゥト権の行使は前記協約第六十一条の趣旨にも照し此処に一線を画して当初三十日間は正当性の限界を超えたものと認定する。然して此の期間の閉鎖は前述の通り組合の争議行為の為工場を運転することは事業経営の上から言つて殆んど不可能の状態にあつたのであるから之は会社の責に帰すべき已むを得ざる休業期間であつたと見るのが妥当である。

(二)  被申請会社が同年四月二十一日から五月二十日迄の別紙目録(一)記載の各組合員に対する各名下の五月分賃金及同月二十一日から同月三十一日迄の別紙目録(二)記載の各組合員に対する其の各名下の六月分賃金の一部を夫々支払つていないことは当事者間に争ないそこで当裁判所は叙上認定の線に従ひ大体五月分賃金期間に相当する会社の已むを得ざる休業期間中の休業手当として此の点に付て協約に何等の協定がなされていない本件では右目録(一)記載の各組合員に対し其の平均賃金の百分の六十を支給するのが適当であり組合員は此の限度で其の支払を受ける請求権があると判断する。

(三)  次に別紙目録(三)記載の各組合業務専従者に対する其の各名下の三、四、五、及六月分賃金の一部の各給料請求権に付て審究するに被申請会社が之を支払つていないことはその自認するところである。

甲第一号証労働協約の記載に依れば被申請会社は専従者に対し基本給其の他一切の給与其の他に付て不利な取扱をしない旨を定めていることが疎明される従つて右協約が効力を有する期間内に被申請会社は専従者に対しても他の組合員と同様の給与を支払はなければならないことは明かである。

尤も専従者の給与に付ては昭和二十四年二月二日「労働組合の資格審査基準に付ての労働省通牒が発せられ「組合事務専従役員に対する賃金、給料其の他如何なる形態に於けるを問はず支払はれる金銭其の他の給与は旧労働組合法第二条の主たる経費の補助に該当する」と明示されたが其の後同年三月九日主たる経費に使用者の補助を受けることの禁止は労使が自主的に之を行うよう勧告し直に実施し得る組合に付てはその規約、協約等の改訂等その具体的措置を速に取運ぶこととし全国的組合であつて準備的措置を要するものに付ては適当の期間(最良概ね九十日を超えないのが適当と考えられる)を設定しその間に審査基準の要請に副うような措置をとることを勧告すること」の労働省通牒が発せられたことが成立に争ない乙第四十号四十一号各証の記載に依り疏明される。

被申請会社は此の労働省通牒の趣旨に則つて三月以降専従者に対する援助を廃止したもので之は会社が廃止の申入れを行つた以上協約改訂等の具体的手続を待つ必要はないと主張するが右各通牒の趣旨は此のような事実のある組合は自主的な労働組合と言えないので現在の情勢に鑑み一定期間の猶予を置き其の間に組合は使用者に対し自発的に斯る給与の支給を辞退するか又は労使双方の協定に依つて斯る給与を廃止すべきことを勧告したものであり相当の期間を経過した後も依然として斯る給与を受けることを廃止しない組合は労働組合法に準拠する労働組合たる資格を否認され団体交渉権、労働協約締結権、争議権等法律に依つて認められ保障されている一切の権利も亦之を保有し得なくなると言う趣旨であつて直に斯る協約自体を無効とするものではないと解するのを相当とする然して本件労使間に協定の出来ていないことは当事者の主張自体より明かなところであるから協約が効力を有する期間内である三、四、五及六月分賃金の一部の専従者の給与に付ても各組合員に対すると同様三、四月分は夫々全額を認め五月分は平均賃金の百分の六十に相当する休業手当の支給を認めるのが妥当である。

(四)  次に本件仮処分の必要に付て按ずるに証人今宮信雄の証言に依れば被申請会社は同年六月七日に至り香春工場の再開を申請組合に申入れ多少の紛糾を重ねた末結局同年七月十七日から再開され組合員は現に就業中で再開に先立ち各組合員は六月二十九日に遡つて給料並立上り資金、協力奨励等合計して一人平均六千円位を支給され給料も特に分割して支払を受けていることが疎明される。他方会社も相当長期に亘る工場閉鎖の為疲労こんぱいしていることは想像出来るところであり本件仮処分を認容することは他の多数権の工場事業場にも直に影響して事は香春工場のみの賃金仮払の問題に止まらず結局其の金額は莫大な数額に上る可能性があり疲労した上更に此の支出を余儀なくされることは現在の経済状勢の下では或は企業の自滅を来す惧れがないでもない之を僅かな保証の供託でもあつて償うと言うことは到底出来ることではない。之等の事情を斟酌するとき別紙目録(三)記載の各人員に対する三、四月分のみの仮払を認めることは三月以来給料の支給を受けていない右各人員に対しては其の必要性を認めて差支えないがその後の分並別紙目録(一)記載の各人員に対する分は其の仮払を認めないのが相当である。依て訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の通り判決する。

別紙目録省略

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